
自分自身と仲間のために。病気を治し、社会を変えたい。
令和7年(2025年)4月15日号
国の指定難病「ウルリッヒ病」の患者会「ウルリッヒの会」の代表を務める東京大学 教養学部の渡部耕平さんに、患者会の活動や大学での学び、今後の展望について伺いました。

ウルリッヒ病とは
国の指定難病「先天性筋ジストロフィー(注1)」の一種で、生まれつき筋力が弱い、肘や膝の関節が固くなり十分に動かせない、手首や指の関節が過度に柔らかいなどの特徴を持つ病気。現時点では根本的な治療法が確立されていないため、患者一人一人の症状に合わせた保存療法を継続していく必要があります。
(注1)生まれつき筋力が低下し、運動機能に障がいが生じる遺伝性疾患の総称。
患者自身のための患者会を。高校1年生で代表に就任
自己紹介をお願いします。
渡部:現在19歳で、東京大学教養学部に通っています。「ウルリッヒ病(ウルリッヒ型先天性筋ジストロフィー)」と呼ばれる難病を抱えていて、高校1年生の時に「ウルリッヒの会」という患者会の代表に就任してから、さまざまな活動を行なっています。
ウルリッヒ病とはどのような病気なのでしょうか?
渡部:小児期に発症する先天性筋ジストロフィーとしては国内で2番目に多い、VI型コラーゲン遺伝子(注2)の異常により筋肉が衰える進行性の難病です。報告されている国内の患者数は約300人ですが、実際はさらに多い可能性があり、医療関係者の間でも十分に認知されていません。また、症状の個人差が非常に大きいのも特徴です。
(注2)筋肉の強度や弾力を保つコラーゲンを作る遺伝子。
渡部さんご自身がウルリッヒ病の診断を受けた年齢と現在の症状について教えてください。
渡部:私が病気の診断を受けたのは他の患者と比べるととても遅く、10歳の頃でした。幼い頃から転びやすく、けがが絶えなかったため、心配した両親がいくつもの病院を巡った結果、ようやく正式な病名が分かりました。現在は支えがないと歩行ができず、矯正装具付きの車いすで生活し、就寝時のみ人工呼吸器を付けています。ストレッチや呼吸・咳の練習といったリハビリを定期的に行うことで症状の進行を予防し、なんとか手術をせずに生活できているという状態です。大学には介助者が付き添い、移動やトイレのサポートをしてくれるので、安心して通うことができています。
「ウルリッヒの会」の活動について教えてください。
渡部:北海道から沖縄まで全国各地の患者が集まり、家族会員やボランティア会員を含めて70人ほどが活動しています。主な活動としては3つあります。一つ目は交流会で、同じような病状の人と話すことで孤独感が和らいだり、情報共有ができたりするため、ウェブ会議やチャットを使って気軽に交流しています。二つ目は医療関係者を招いた勉強会で、病気の理解を深めたり、研究の進捗状況について報告を受けたりしています。三つ目は広報活動で、患者数の割に病気の認知度がとても低いため、ウルリッヒ病を皆さんに知ってもらえるように、患者自身が積極的に講演や取材対応を行なっています。
「ウルリッヒの会」の代表を務めることになった経緯を教えてください。
渡部:ウルリッヒ病と診断された後、母がすぐに患者会に登録してくれました。当時は患者の家族が代表や役職を務めていて、私自身は積極的に関わっていませんでしたが、中学を卒業する頃、患者自身のためにある患者会で、患者本人ではなくその家族が主体的に活動することに違和感を覚えるようになりました。このことを母に相談すると、次期代表に立候補することを勧められ、総会で承認を経て、代表に就任しました。高校生ということで不安は多少ありましたが、「若いからこそ失敗を恐れず挑戦したい」という気持ちが大きく、もともと物おじしない性格のため、迷わず行動しました。
代表になったことで周囲の反応や自分の気持ちに変化はありましたか?
渡部:患者自身が直接働きかけることで、製薬会社や医療機関がより積極的に動いてくれるようになったと感じています。他の難病の患者会との交流を通じて学ぶことも多く、特に海外の患者会は驚くほど精力的に活動していて、当事者の生の声を伝えることが社会を動かす力になると実感しました。また、私自身の病気に対する考え方や人生観も大きく変わりました。病気に対してより深く向き合うようになり、「自分が病気を一番知っていなければいけない」という責任感が芽生え、病気と共にどのように生きていくかを真剣に考えるようになりました。
自分の病気を最先端の環境で研究するために東京大学へ
東京大学に入学した理由を教えてください。
渡部:自分の病気を自分自身で研究したいと思ったからです。すでにウルリッヒ病の研究者はたくさんいらっしゃいますが、現在のところ根本的な治療法は見つかっていませんし、治療法が見つかるまでにあとどれくらい時間がかかるかも分かりません。それなら自分で研究するのが一番だと考え、医学部を目指していたところ、私の活動を応援してくれていた進路指導の先生が東京大学の推薦入試を提案してくださり、受験することにしました。
大学で学びたいことやキャンパスライフについて教えてください。
渡部:この秋から医学部健康総合科学科へ進学する予定です。ウルリッヒ病の研究や治療法の開発にはiPS細胞(注3)を用いたアプローチが主流なのですが、私はもう一つ注目されているアプローチであるゲノム(遺伝子)編集についても学びたいと考えています。いずれにしても、最先端の環境で研究を進めて、少しでも早く治療法を開発し、病気の根治に寄与したいです。キャンパスライフはとても充実していて、すてきな友人に恵まれています。また、普段の講義やゼミナール(以下「ゼミ」)は興味深いものばかりで、特に「障害者のリアルに迫る」というゼミは、障がいとは何かを考える良い機会になりました。大学生活を通じて多様な考えに触れ、患者会の活動にも生かしていきたいです。
(注3)体のさまざまな細胞に変化できるよう人工的に作られた万能細胞である「人工多能性幹細胞」のこと。
障がいがあることはネガティブなことばかりではない
今後の夢や挑戦したいことを教えてください。
渡部:夢は、自分の病気を自分の研究によって治し、日常生活の一つ一つの行動を当たり前にこなせるようになることです。歩く・食べる・話すといった日常の動作が、私にとっては特別なことのように感じられるため、それらを当たり前にこなすことができる喜びをぜひ、味わってみたいです。また将来的には、とても複雑で大変だと感じている障がい者に関する申請手続きを変えていく活動にも挑戦したいです。これまで本当にたくさんの人の優しさに支えられてきたので、恩返しができるように頑張ります。
障がいや病気の有無に関わらず、全ての人が助け合い、生き生きと暮らす共生社会を実現するためには何が必要だと思いますか?
渡部:健常者と障がい者が互いに手を取り合って初めて、平等や共生社会が実現すると考えています。街のバリアフリー化は進んできましたが、健常者から障がい者への一方的なアプローチだけでは、両者の壁はなかなかなくならず、社会も変わっていきません。これからは障がい者からも健常者へ積極的に働きかける必要があると思いますし、私自身もどう働きかけるのが良いのかを模索しながら日々活動しています。
大学入学を機に渋谷区にお住まいとのことですが、区の印象や区内でのお気に入りの過ごし方を教えてください。
渡部:渋谷区は、いろいろな顔を見せてくれる街という印象です。グルメスポットもたくさんあって、食べ歩きが楽しいですね。車いすの運転には自信があるので、休日は外に出かけたり、家ではゲームや読書をしたりしています。
区民の皆さんにメッセージをお願いします。
渡部:「ウルリッヒの会」では、患者本人や家族はもちろん、活動を支えるボランティア会員も募集しています。どなたでも参加できますので、お気軽にご応募ください。また、障がいがあることは必ずしもネガティブなことではないということを、区民の皆さんに知っていただきたいです。障がいのある人と接する際に、「大変そう」「かわいそう」と感じるかもしれません。そのように気遣ってくださることはとてもありがたいのですが、障がいがあることでさまざまな角度から物事を考え、他の人とは異なるアプローチを取ることができるという側面もあります。ぜひ、障がいというものをポジティブな面からも捉えていただき、共に手を取り合っていけたらうれしいです。
「渋谷のラジオ」で放送中!
渡部さんへのインタビューは4月15日・22日・29日に「渋谷の星」で放送します。
渋谷のラジオ87.6MHz(外部サイト)
ウルリッヒの会
ウルリッヒ病患者とその家族および活動を支えるボランティアによって構成される患者・家族会です。希少疾患であるウルリッヒ病への理解を広げるため、平成31年3月に発足しました。
主な活動
ウルリッヒ病に関する正しい知識の習得や理解促進のための情報交換および勉強会の開催、患者・家族同士の懇親の場の提供などを行なっています。「悩まず気楽に」「仲間とともに」をモットーに、患者や家族が抱える不安や疑問を共有し、「孤立しない生活環境の実現」を目指しています。

