
LGBTQの存在は「見えていないだけ」という意識が始まり。
令和7年(2025年)11月1日号
渋谷区の男女平等・ダイバーシティ推進担当課長として取り組みを推進された永田龍太郎さんに、当時のエピソードやパートナーシップ証明が果たす役割などについて伺いました。

渋谷区パートナーシップ証明制度が10周年を迎えました
平成27(2015)年11月に渋谷区が全国に先駆けて開始した「パートナーシップ証明制度」は、今年10周年を迎えました。パートナーシップ証明とは、法律上の婚姻とは異なるものとして、婚姻関係と同等の実質を備える二者間の社会生活関係を「パートナーシップ」と定義し、一定の条件を満たした場合にその関係を証明するものとして証明書が交付される制度です。令和7(2025)年5月末時点で532の自治体が導入し、登録件数は9,837組となっています。(注1)
(注1)令和7年度全国パートナーシップ制度共同調査(渋谷区および認定特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ)より
制度の開始当初は、全てが手探りだった
自己紹介をお願いします。
永田:永田龍太郎です。平成28(2016)年から令和4(2022)年まで渋谷区に在籍し、男女平等・ダイバーシティ推進担当課長として、ジェンダー平等の推進に関する取り組みを進めていました。現在は、企業のマーケティングや行政の多様性推進の支援を行なっています。
性的マイノリティーを含めたジェンダー平等推進活動に取り組むようになったきっかけを教えてください。
永田:外資系アパレル企業に勤めていた時、社内に性的マイノリティーであることをオープンにしている人がいて、周囲の社員もそれを当たり前のこととして受け入れている様子を目の当たりにしました。とても驚いたのと同時に触発され、私自身もゲイであることをそれから徐々にカミングアウトしていくことにしました。その後、社内ボランティアとしてLGBTQに関する取り組みを先導する役割を担ったことをきっかけに、本格的に活動を始めました。
渋谷区男女平等・ダイバーシティ推進担当課長として、どのようなことに取り組まれましたか?
永田:平成27(2015)年に渋谷区が日本で初めて、地方自治体としてパートナーシップ証明制度を導入しました。当時はその次の段階として、制度をどのように広めていくか、そして性的マイノリティーの人たちが安心して暮らすために行政や地域は何をすべきか、ということを考える必要がありました。そこで、マーケティングの視点を生かした企画や啓発ができ、かつ当事者に近いところにいる人材が適任ではないかということで、私に声が掛かりました。前例のない取り組みだったため、最初は手探りでしたが、性的マイノリティーに関する啓発講座の開催や当事者の皆さんが安心しておしゃべりできる場の提供など、さまざまな施策を打ち出しました。
性的マイノリティーの皆さんは、どのような困り事を抱えているのでしょうか?
永田:直接的な差別が思い浮かびやすいかもしれませんが、地方行政の視点で捉えると、当事者は「困った時にさらに困ってしまう」という状況に陥りかねないことが最大の問題だと思います。例えば、同性カップルのパートナーが病気になった時に看護休暇を取得できない、生活が困窮したり、DV被害に遭ったりした時に安心して相談や避難のできる場所がないなど、何か困ったことが起きた際にセーフティーネットに頼れず孤立するケースが多いのです。こういった課題の解決を、行政は問われているのだと思います。
性的マイノリティーの人たちは「見えていない」だけ
パートナーシップ証明が始まった当時の印象に残っているエピソードを教えてください。
永田:初期によく聞かれたのは、「パートナーシップ証明を取得したら、住民票や戸籍に何か追記されますか」という質問でした。「自治体の制度ですので、記載されません」とお伝えすると、多くの人に「ああ、良かったです」と返答されました。住民票などに記載されないと不利益が多いと思っていたので、とても不思議でしたが、その理由を改めて考えてみると、親族や会社に知られるリスクにおびえる人が多いのだと気付きました。その経験から、「制度があるだけでは意味がない。地域の空気を一つ一つ地道に変えていかなければいけない」と思うようになりました。
渋谷区のパートナーシップ証明を取得した皆さんには、その後、どのような変化があったのでしょうか?
永田:制度がスタートしてから1年~2年後にパートナーシップ証明を取得した人に向けてインタビュー調査を実施したところ、「選挙に行くようになった」という声が多く上がりました。かつて性的マイノリティーの存在は、日本の社会の中で「いないもの」とされてきました。それが初めて地域の中で議論され、自治体の取り組みとして制度が推進されたことで、当事者の人たちの社会に対する関心が高まったのではないかと思います。また、この流れを受けて、地域で力になってくれる人が増えていくといいなと期待もしています。
渋谷区がパートナーシップ証明制度を導入して10年が経ちます。制度が果たしてきた役割について教えてください。
永田:同性カップルの人たちの社会に対する信頼や安心につながったことは、非常に大きな役割だったと思います。また、同性カップル以外の性的マイノリティーの皆さんにも変化がありました。以前、区の研修に協力いただいたトランスジェンダー(注2)の区民の人が、「一番訪れたくない場所は病院と役所です」とおっしゃったんです。高い確率で無知や偏見にさらされて、傷つくからとのことでした。それが数年後に再度お会いした時、「もう渋谷区役所に行くのが怖くなくなりました」と言ってくださいました。パートナーシップ証明をきっかけに、区職員の中で「当たり前の存在」という意識が浸透しつつある手応えを感じました。
(注2)生まれたときに割り当てられた性別と、自認する性別に違和を感じる人
渋谷区でパートナーシップ証明制度が開始してから、全国に取り組みが広がりました。
永田:全国でパートナーシップ制度を導入している自治体は、今年の5月末時点で532自治体で、人口カバー率では約92.7%に上ります。(注1)制度が後押しとなり、同性カップルが住宅ローンを組めたり、同性パートナーを保険金の受け取り人に指定したり、できるようになりました。渋谷区でパートナーシップ証明制度が始まってからわずか10年で、多くの民間企業にも影響を及ぼし、日々の生活における壁を一つ一つ取り除いていったことが、最も大きな反響だったと思っています。
「当たり前」になるように、制度と風土の両輪を変えていく
性的マイノリティーに関する取り組みの中で、今も感じている課題はありますか?
永田:最近、性的マイノリティーの人たちの存在を否定する言葉を耳にすると、当事者のみならず、家族や友人などの当事者の周りにいる人たちも深く傷ついてしまうという話を聞くことが増えました。まさに今、「自分の家族や友人、同僚に性的マイノリティーの当事者がいたら、あなたはどうしますか」という質問に対する意識が問われているのだと思います。性的マイノリティーの人たちは、「いる・いない」ではなく、「見えていないだけ」なのです。遠い存在なのではなく、意外と近くに困っている人がいるという意識を持つ人が、今後どれだけ増えていくかが課題解決の鍵になると思います。
今後の展望を教えてください。
永田:渋谷区役所での貴重な経験と学びを、行政や企業に伝えることで、組織の「制度」と「風土」の両輪をアップデートするお手伝いを続けていきます。団体の皆さんにはいつも、「世の中を変えていくためには、制度と風土の両輪が必要」とお伝えしています。制度があっても、それを安心して利用できる風土がなければ意味がありません。制度を生かすためには、そこに認識が伴っていなければいけません。風土を変えていくための一歩は、当事者を「いないことにしない」ということです。そのためには、自分自身の日々の言動を意識することが大切だと考えています。もちろん、それは学校も例外ではありません。渋谷区の調査では、区内の中学2年生の約7.9%が性的マイノリティーに該当しているという結果になりました(注3)。学校でも、大人たちが「性的マイノリティーは当たり前に存在するクラスメイト・同僚」という意識を持てば、子どもたちの不安や偏見を取り除いていけると信じています。
(注3)令和2年度男女平等および多様性社会推進に関する調査(渋谷区)より
区民の皆さんにメッセージをお願いします。
永田:パートナーシップ証明制度は、渋谷区がこの10年間で発信した大きなソーシャル・イノベーション(社会課題を解決するための新たな取り組み)であり、区の基本構想で掲げる未来像「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」につながっています。区民の皆さんには、渋谷区が日本で初めてパートナーシップ制度を導入した自治体であることに誇りを持っていただき、これからも多様性社会を推進する一員であり続けていただきたいと願っています。
「渋谷のラジオ」で放送中!
永田龍太郎さんへのインタビューは11月4日・11日に「渋谷の星」で放送します。
渋谷のラジオ87.6MHz(外部サイト)
パートナーシップ証明制度10周年を記念したイラストを制作しました
表紙に写っているイラストは、制度の意義と成果を広く伝えるために渋谷インクルーシブシティセンター〈アイリス〉が制作したものです。国籍・年齢・性別などに関係なく、性的マイノリティーを含むさまざまなカップルを多様な愛の形として可視化し、祝福したイラストです。
制作には、長年にわたり多様性や共生をテーマに作品を手掛けてきたイラストレーターのmoriuo氏をお迎えしました。moriuo氏は平成11(1999)年よりイラストレーターとしての活動を開始し、LGBTQメディアを中心に、恋愛、家族、子育てなどをテーマに温かなタッチの作品を描いてきました。表紙の作品「明日」は、制度の10年の歩みを振り返るとともに、未来に向けた希望とつながりの様子を描いた、制度の意義を伝える作品となっています。
「ノーマン・ロックウェルのようにLGBTQの人々の日常を描きたい」という思いのもと、企業での展示・講演などを通して、さまざまな形で社会に多様性を尊重することの大切さを伝えています。
