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名所・旧跡

2.26事件慰霊像

宇田川町1
渋谷税務署角にあります。事件の首謀者はここで処刑されました。昭和40年、有志の手で建立されました。

恋文横丁跡

道玄坂2-29
昭和23年、進駐軍兵士へのラブレターの翻訳・代筆業の店ができました。
小説で取り上げられ有名になりました。

石仏群

神宮前6-25-12 長泉寺
二百数十体の石仏が並んでいます。
江戸時代から明治時代の地蔵・観音信仰によるものです。

金王相撲跡

東2-5-6 氷川神社境内
江戸郊外の三大相撲のひとつとして有名でした。

石棺仏

東3-10-13 福昌寺境内
15世紀頃、古墳の石棺のふたを掘り出し、その内側に仏像を彫ったものです。

常盤松の碑

東4-4-9
樹齢400年を超える松の木がありました。
松は第二次大戦で焼失しましたが、江戸時代に島津藩士が建てた碑が残っています。

豊沢貝塚

恵比寿2-32
縄文後期〜晩期のもので、加曽利B式などの土器片や石器が発見されました。

夕やけこやけ碑

恵比寿西1-23-1 長谷戸小学校内
童謡「夕やけこやけ」の作曲者、草川信氏は、大正6年〜昭和2年、この学校の音楽教師でした。

鼠(ねずみ)塚

広尾5-1-21 祥雲寺境内 電話:03-3400-6526
明治33年〜34年、東京に伝染病が流行し、その感染源として多くのネズミが殺されました。
その慰霊碑です。

日本航空発始の碑

代々木公園A地区 南門左
明治43年、日本で初めて飛行機の試験飛行が行われました。

田中地蔵

元代々木町24-4
元文3年に向井七佐ヱ門が福泉寺領の田地に地蔵尊を安置したといわれます。

仏足石

代々木5-2-1 福泉寺 電話:03-3469-1631
蓮華や法輪などの紋があったといわれる釈迦の足型を刻んだ石です。

春の小川の歌碑

代々木5-64先
唱歌「春の小川」の歌詞は、高野辰之氏が、ここを流れていた河骨川からイメージをふくらませたそうです。

庚申塔

西原3-31-1 雲照寺 電話:03-3466-3071
寛文12年に造られたもので、青面金剛などが彫られています。

道供養碑

幡ヶ谷1-10
道路自体を供養して交通安全を祈ろうという全国でも珍しい供養碑です。

子育地蔵尊

幡ヶ谷1-1
貞亨3年建立。
子どもの安全を守り苦難のときに身代わりになってくれるという言い伝えがあります。

笹塚跡

笹塚2-12
この付近の甲州街道の両側に、直径1mほどの笹が茂った塚があり、地名の由来となりました。

玉川上水旧水路跡

笹塚1丁目
玉川上水は、承應3年に造られました。
ほとんどが暗渠となりましたが、この付近では開渠部分が残っています。

旗洗池跡

本町1-9-17
後三年の役からの帰途、八幡太郎源義家がここにあった池で旗を洗ったという伝説があり、幡ヶ谷の地名の由来となりました。

道しるべ(常夜燈)

本町2-44-3 荘厳寺
嘉永3年に建てられたものです。
以前は山手通りと甲州街道の交差点付近にありました。

酒呑地蔵

幡ヶ谷2-36-1 清岸寺内
酒に酔って溺れ死んだ村人が夢枕で酒飲みをなくすための地蔵を造って欲しいと願い、宝永5年、村人たちが建てたといわれています。

穏原(おんばら)小学校跡

神宮前3-10
昭和20年の空襲により全焼し、翌年廃校となりました。

穏田の水車

神宮前4-20-12 神宮前小学校内
江戸時代、隠田川(渋谷川)に水車がありました。
その復元模型です。

菷(ほうき)銀杏

代々木3-23-3
樹齢200年と推定される巨木です。

大山道・道しるべ

代々木3-42
弘化3年に建てられました。
天狗の面が彫られた珍しいものです。

富士塚

千駄ヶ谷1-1-24 鳩森八幡神社内
ここを登ると富士山に登山したのと同じ御利益があるそうです。