*1 都市の再生を目的として、国が指定する地域です。この地域では、都市開発事業を通じて市街地の整備が緊急かつ重点的に推進されます。土地利用規制 の緩和や都市計画の提案、事業認可の手続き期間の短縮など、特別な措置が受けられます。*2 東京都が外国企業のアジア地域における業務統括拠点や研究開発拠点を東京に集積させるために設けた特区です。この特区では、法人税の優遇措置や 行政手続きのワンストップサービスなど、外国企業がビジネスを展開しやすい環境が整えられています。*3 都市再生緊急整備地域の中でも特に都市の国際競争力の強化が期待される地域として、国が指定する地域です。この地域では、都市再生緊急整備地域 の支援措置に加え、さらに充実した税制支援やインフラ整備のための予算支援などが受けられます。*4 地上 2 階以上に設けられた歩行者専用の空間(デッキ)がネットワークされている快適な歩行者空間。関東大震災から100年の年であり、ハチ公生誕100年の年でもある2023年。100年の計と銘打った大規模な再開発が進んでいる渋谷駅周辺のまちづくりについて、これまでさまざまな立場で関わられた皆さまにお話を伺いました。― 最初に、渋谷駅周辺のまちづくりに20年前から関わられている森地教授に伺いたいと思います。渋谷駅には多くの鉄道が集積し、便利な反面乗り換えが複雑ですが、どのような課題があるのでしょうか。また、渋谷駅の基盤整備の歴史や、再開発のコンセプトについても教えてください。森地教授:渋谷の再開発の経緯ですが、1970年代頃、私が20代の時から関わっていますので大昔から始まっていました。最初の頃は何もできませんでしたが、1987年に道路事業と一体開発をしましょう、というところがまず第一歩目となりました。それから、1995年の阪神淡路大震災があり、防災の必要性を改めて見直すきっかけとなり関係者の合意形成が取れました。そこでやっと動き出したわけですが、一つの問題が、もともと地下鉄(今の東京メトロ)は、民営化するから追加投資はしないという政府の意思決定があったことです。これをなんとかやろうよ!と1998年の小渕政権下で副都心線建設が決まったことが非常に大きかったと思います。もう一つは、2001年に東急電鉄の上條社長が意思決定してくれたことで実施に向けて走ることができました。そして、2001年に渋谷駅周辺整備ガイドプラン21委員会が発足し、都市再生緊急整備地域*1、アジアヘッドクォーター特区指定*2、特定都市再生緊急整備地域*3など、さまざまなことが後押しになり2013年に東横線の地下化、副都心線との相互直通ができたわけです。委員会を始めるにあたって、鉄道局や東京メトロの関係者の皆さんが随分努力してくれました。それから、国土交通省道路局、JR関係者の皆さん、建築デザインの内藤廣先生と都市計画の岸井隆幸先生のお二人、この方々にお願いしました。この方々がいらっしゃらなければ到底できませんでした。内藤先生に私からお願いしたのは3つです。1つ目は、渋谷はすごく深い谷の中に小さなビルがいっぱい建っているので、エレベーターが非常に非効率であるため、立体のスカイウェイ*4を考えてほしい、ということ。2つ目、青山通りから道玄坂上までずっとまっすぐに行けるようにしてほしい、ということ。3つ目は、再開発ビルを建てるとそれぞれ別の建築家が出てくるから、それをうまく調整してくださいということです。25第一部SHIBUYA IDENTITY 渋谷の発展を支える基盤整備ー関東大震災から100年を経て、都市の基盤整備について語るー
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